飛行機が離陸して街が小さくなっていく。
窓からそれを眺めていると、自分は何歳なのか、何の仕事をしているのか、
なぜここにいるのかが、曖昧になってくる。
何者でもない私。
その感覚を得ることが旅に出る理由なのかもしれない。
この夏サンフランシスコに行こうと思った。
用事があるわけではなく、ただ行きたいと思ったのです。
世界で一番好きな街。
なぜかこどもの頃から知っているような懐かしさ。
ひとりの思い出、みんなとの思い出。
思い出すだけで胸がきゅんとする。
出発の一週間ほど前、とてもお世話になった人が亡くなった。
その人はまわりの人を尊敬し、自分事のように応援し大切にしていた。「誰々は本当にすごい」とよく仰っていたけれど、そう思えるあなたが一番すごいとひそかに私は思っていた。
二人で話したほんの短い時間を思い出す。偶然にもその時間にはいつもコーヒーがあった。私たちをすごく大切にしてくれた。私と真剣に向き合ってくれた。その人から頂いた忘れられない言葉がある。思い出すだけで胸が熱くなって、前を向ける、姿勢を正せる言葉。その言葉を私はお守りのように時々取り出す。
私の体は十全に働いている。望めば行きたい場所に行くことができる。
私は自分の思いをもっと強く、美しく、透き通るように磨こうと思った。
誰かに還せるように。
サンフランシスコ国際空港に降り立つと、安堵に似た感覚を覚える。
乾いた空気と透明な日光に、体がほろほろとほぐれるような。
すべてのはじまりの場所。
私の大切なものがぎっしり詰まったこの街。
(つづく)