車のドアを開けて外に出ると、そこにはコーヒーの森が広がっていた。丁寧に並べて植えられたコーヒーの木。まだ小さくて、傾いた日の光を受けて若葉をつやつやと光らせている。ずっと思い描いていたことが現実が一致する不思議な感覚。まるで夢をみているようだった。
私は言葉を失って、しばらくその場に立ち尽くしていた。
なんて美しいんだろう。
あたりを見回すと、近くの小さな家に人がいて、こちらを見ている。
集まってくる犬や鶏をかきわけるように家に近づくと、家族が玄関のイスに座ってくつろいでいた。おじいさんとおばあさん、その息子と娘。見慣れない日本人が突然訪れたのに、恐れや疑いなんてひとかけらもない、穏やかな表情をしている。そこにあるものをただ受け入れて、優しくある。
「あのコーヒーを育てたのは誰ですか?」と訪ねると、おじいさんは自分を指して「私だよ」と言った。
出会った。キューバでコーヒーを育む人に。
胸が熱くなって止まらない。
おじいさんは身振り手振りで、さらに何か伝えようとしてくれている。スペイン語ができないことが、こんなにもはがゆいなんて。家の裏庭に何かがあるらしい。導かれるままついていくと、なんと、さらに裏庭にコーヒーの森が広がっていた。
森の中で自然に生きているコーヒーの木。さっきの畑とは違い、木々の間にランダムにあって、もう人の背丈以上に育っている。十分収穫もできる大きさだろう。息子さんが指差す方を見ると、椰子の木の上に綺麗な色のインコが数羽とまっていた。
裏庭には掘っ立て小屋があって、中に入ると、かまどと、その上に鉄の鍋のようなものがあった。おじいさんは「ここで焙煎しているんだよ」と言った。後ろにはコーヒーミルもある。ここは家族の焙煎所なんだ。
おじいさんが焙煎している豆を見せてもらったら、炭のように真っ黒。これをモカポットで淹れて、たっぷりお砂糖を入れて、家族で楽しんでいるようだ。
別れ際「またくるね」と言ったらとても嬉しそうな顔をして、息子さんは「いつごろ?三ヶ月後くらい?」と聞いてくれた。
私たちはまた必ずこの家族を訪ねるだろう。
コーヒーを通じて彼らとともに生きていく。
日が暮れる前に山を降りて、泊まるところを探さなくては。急いで車に乗り込む。
車の中も、食事中も、ベッドの中でも、コーヒーの森の風景がずっと頭から離れない。
私はこの風景を一生忘れないだろう。